マッハ新書が買えて、有料noteが買えない理由を考えてみた

雑記

どーも、えーともです。

BOOTHでマッハ新書のラインナップを眺めていたところ「マッハ新書買うのに抵抗無いけど、有料noteの購入に抵抗があるの何で?」と思いTwitterに自己分析を流しました。
そのときTwitterに投稿した内容を修正、追記してお送りします。

有料noteに抵抗を感じる理由1「手元に残るか」

まず、マッハ新書はBOOTHにて販売されています。
私は以前、何度かBOOTHを利用した事があり、その中にはDL購入の本もありました。
なので「マッハ新書を買う=DL購入=サービスが終了したとしても事前にDLしてあれば手元に残る」という認識が元からあって何も考えず購入していました。

対する有料noteですが、note自体は会員登録して利用しているものの有料noteを購入した事はありません。
有料noteを見た事がなかったり、読みたくなかったというワケではなく「この続きを読むには」と出ているので有料noteの購入は「この続きを読む権利を購入する」というという認識でした。
画面スクショを撮るなりテキストにコピペ等をして保存しない限り、サービスが終了したら手元に何も残りません。

有料noteの購入に抵抗を感じる理由の一つが「作業をしなければサービス終了後、手元に何も残らない」というのがあるようです。

有料noteに抵抗を感じる理由2「情報の質が担保されていない」

有料noteと同じ「読む権利を購入する」というサービスを提供しているのが電子書籍サービスです。

私は電子書籍サービスを利用しています。
では、なぜ私は電子書籍サービスの利用に抵抗が無いのでしょうか?

それは電子書籍が「書籍」だからです。
書籍は著者が執筆し、出版社が編集、校閲をしてから初めて利用者の目に入ります。
出版社の存在価値はさて置き、出版社が会社の名前を背負って出す以上、情報の質はそれなりに担保されていると私は考えています。
そのため実物(紙の本)が手に入らないとしても、そのうちサービス終了して再読が出来なくなっても質が良ければと考え電子書籍サービスを利用しています。

マッハ新書の場合は「担保されてないのが特長」だと思ってる

「マッハ新書も情報の質が担保されていない」というご指摘もあるかと思います。
マッハ新書は逆に「情報の質が担保されていない」「出版社に編集、校閲されていない」ってのが特長だと私は思っています。
そもそも、始めた人が出したマッハ新書のタイトルが「全ての出版社は多分潰れる」なんて名前なのが全てを表してると思います。

2018年5月24日現在、200種近くあるマッハ新書の中からタイトルと表紙画像だけで「面白そうな本」を探すのは宝探しに似た感覚があります。
BOOTHで売ってるという点で同人誌即売会で面白いモノを探してる感覚に近い。
BOOTHというプラットフォームの特徴を活かしているなぁって思います。

有料noteに抵抗を感じる理由3「コンテンツの割合が無料>有料」

noteは有料と無料が入り混じってる

noteにあるコンテンツには

  • 全文無料
  • 全文有料
  • 途中から有料

の3種類があります。
これ、個人的にかなり抵抗があります。
統一性が無いのが苦手です。

「あ、これ面白いなー」って思って読んでいくと気になるトコロから有料。
商売としては上手い。
私はクレカ登録をする労力を考えると買えないです。面倒くさい。

自分が見ているコンテンツは無料モノが多く、有料モノがたまに混ざってきます。
この「たまに有料が混ざってくる」というのが不協和音に感じてNGのようです。

電子書籍とマッハ新書はそもそも有料

この2つは判りやすい。
ほぼ有料しかない。
無料で読めるモノも極稀にありますが、ほとんどは有料です。
試し読みもほとんど無い。

無料のモノがあったら「ありがたや〜」って感じです。
有料と無料の割合が有料>無料って感じ。

「そもそも有料である」と認識している時点でお金払うのに抵抗がありません。

noteのコンテンツを「無料」がメインと認識してしまったのが根本的な原因か

自分がnoteに初めて触れたとき、いくつかの優良なコンテンツを無料で見た事により「noteのコンテンツは無料で見られる」と認識したため、お金を払う事に対する抵抗感につながってしまったのだなと記事を書きながら気づきました。

仮に今後、有料コンテンツが9割を占めるくらいになってお金払わないとnoteが楽しめないレベルになった時、有料noteの購入をするのかもしれません。

それでは、今回はこれにて失礼いたします。
えーともでした!

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